2006年07月27日

「Social PVR (SVR)」という考え方

UIEの中島さんの以下のエントリーが発端だと思うけど、色々波及しているので、暫く様子を見ていた。

Life is beautiful: YouTubeが違法なら、ソシアル・ハードディスク・レコーダではどうだろう

以下では、「既存メディアは、コンテンツを細切れにされることを、一番嫌ってるんだよ」と指摘。

アンカテ(Uncategorizable Blog) - 映像がURLで細切れに参照されたらテレビが死ぬ

やっと、両側のモチベーションが出揃った感じ。

でも以前から、同じような議論はあったと思う。


PVRはもともと、コンテンツの編集権を一部無視する形で、超早送りや、スキップを実現してきた。

PVRによって、コンテンツの再編集が可能になったとも言える。

さらに、Social tagging/clippingというトレンドが出てきたのは、自然な流れ。YouTubeがそれのさきがけであるという指摘は、実に納得できる。

では、既存メディアは崩壊するのか?

そんな訳は無い。

結局、優秀な編集は最後まで残る。

スポイルされるのは、意味の無い編集だ。

つまり、今までは、コンテンツの塊でしか選択できなかったものが、任意の単位で選択し、再編集可能になる。

Google newsが登場したときに、各メディアを串刺しにして一覧できるUser Interfaceが衝撃的だった。既存メディアは、権利侵害だと訴えたが、結局は、認知されて落ち着いている。

Social PVR (SVRと名づけよう)も、さまざまな批判を浴びながら、結局は認知されていくのだと思う。

既存メディアも、より多様なcontextを提供できる。

これぞ、まさに、one source, multi use

チャンネル数を増やすだけが手段では無い。
1つのソースを複数の編集にかけて、多様なviewを作り出す。

編集こそ、既存メディアの得意としている領域。
素人に負ける筈が無い。


もっとも、素人にとっては、勝ち負けの問題ではない。
自由な環境こそ、楽しさを生み出す土壌なのだ。


参考: 『PVR研究所』: Deep TaggingとTVTLと2ちゃんねる



posted by shigepi at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム
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